Rosa†Antica(ロサ・アンティカ) - アンティーク・レトロ雑貨店の商品紹介など

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06

23

01:42
Fri
2017

No.096

ハフリーヌ 盃コレクション

古物の師匠、マンタムさんのお店では、茶道具や焼き物も多く扱っています。
日本で古道具屋をやるなら焼き物は覚えた方がいい、と言うのが、マンタムさんのいつもの弁です。
4月にハフリーヌさんのところで見せて頂いたコレクション、覚書を兼ねて記してみます。

拝見したのは京焼の盃のコレクション。初代三浦竹泉、三代竹泉、滝口加全、永楽即全、四代清水六兵衛の作品です。
最初に入手したのは初代三浦竹泉の、染付の盃だそう。
明治期に活躍した初代竹泉は嘉永6年生まれ。進取の気鋭に富んだ人物だったそうで、染付、祥瑞、吹墨、色絵、金襴手などを得意としました。
この盃は、瑠璃のような青が慎ましやかな印象です。



初代の末子である三代竹泉は明治33年生まれ、大正10年に襲名しました。
松竹梅の色絵が楚々とした風情。

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滝口加全は明治5年、加賀に生まれ、京都で十二代善五郎=永楽和全に師事。仁清、乾山や交趾写しを得意としました。
こちらは白磁に鳳凰の浮き彫り、朱塗りに金襴手で、まるでラーメンの丼のようなデザインですが割と好きです(笑)。

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永楽即全は善五郎の十六代で大正6年生まれ。金襴手、仁清、交趾、祥瑞写しや染付など、伝統的な技術を再現しました。
交趾焼の高盃には、キウイのような図案化された鳥の模様が入っていて可愛らしいです。

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四代清水六兵衛は嘉永元年の生まれ。三代六兵衛の長男で、文人肌で洒脱な人物だったようです。
この高盃のモダンな五色の桜花の図案は、まるでオリンピックのエンブレムのようだと思いました。

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撮らせて頂いた写真をマンタムさんに見せたら、裏印を写さないといけないし柄も分からないので逆さにして撮らないと、との指摘。
もっともです。今度はちゃんと撮ります。
ハフリーヌ様有難うございました!

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06

12

23:34
Mon
2017

No.094

消えゆくものたち

少し前にTwitter上で、「昭和に作られたビーズバッグは作る人がもういない。持っている人は捨てないで」とのツイートが話題になりました。
骨董市や骨董店によく行かれる方はご存知かと思いますが、着物の量の多さには比べようもないものの、ビーズバッグもかなりよく目にします。安いものですと1000円位からあります。ロサ・アンティカでも結構扱いました。
アンティークフェアin新宿では中国人の方が良く買われて行きました。
ビーズの柄は表側が全面に模様、裏側がワンポイントのみの模様、というのが多いです。
質の良いものは、口金も繊細な装飾のあるものが使われています。

雪の結晶のようでもある花柄。


バッグでなくポーチですが、一風変わった童子の柄。
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それが、そんなに貴重なものだったのか、と思いつつ、ツイートがきっかけでビーズバッグがもっと認知されればいいな、と思っていたのですが、どうもそのツイートへの反応を見ると、今作られていない云々は誤報だったようです。
昔流行したり日常的に使われていたものは数も多く、余程素材や技術が希少なものでない限り、古物的にはあまり価値のないものも多いのですが、それでも何かで取り上げられたりして一時的に価格が高騰したり品薄になったりすることはあります。しかしそれは運や偶然に頼る部分が大きいでしょう。
生活環境が昔と変わってしまい需要がなくなったもの、そういったものに新たな価値を見出し提案するというのも古物屋の使命だと思うのです。
以前に記事に書いた(→こちら)、コンテナとしてのアイロンやストーブなどもそうですし、古い荷車や糸車の車輪もジャンクガーデンのオブジェとして好まれています。また、木製の糸巻きは植木鉢の台として使われているようです。

今、古物市場で価値が下落していると言われているものに、茶道具や掛軸があります。
今時の家にお茶室があるとも思えませんから、これは無理もないことでしょう。
しかし、茶道は日本の貴重な文化です。形を変えてでも、生き延びてくれることを祈ります。

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05

23

22:10
Tue
2017

No.090

フレグランス・コレクション

ロサ・アンティカの目指す在り方は、お客様の独自の美を探し出すお手伝いをするということ。
独自の、というのは私が美の定義とは人それぞれに異なるものだと考えているからです。
そう思うのは恐らく、私自身が美しいと感じる対象が、幼少時より人と異なっていたせいでしょう。
アンティーク趣味もその一つで、例えば小学校二年生の時、砂時計に魅せられた私は、クリスマスプレゼントに砂時計をお願いしました。
すると届いたのは、ファンシーな羊のイラストのついた、オレンジ色の砂の入った砂時計。
今で言えばスチームパンク風の渋いものをイメージしていた私は、些かがっかりしたものです。
真鍮の色と質感が大好きだった私は、雑貨屋で少しずつ、アールヌーヴォーデザインの灰皿、鍵の形のキーフック、手のモチーフのメモホルダー、ミニイーゼルなどを買い集めたものでした。

美は視覚的なものに限らないと思います。
美しい響き、美しい味わい、美しい手触り、美しい香りといったものもあってしかるべきでしょう。
ハーブに凝っていたのと同時期だったと思いますが、古本屋で見つけた平田幸子さんの「香りへの招待」という本を何度となく読み返し、気になる香水をメモして見つけたら試してみる、ということをしていました。

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やはり写真や説明文から惹きつけられるものは自分の好みに合った香りが多く、この本によって出会ったキャシャレルの「アナイスアナイス」と、ブロッソーの「オンブルローズ」はそれぞれ好きな花の1、2位を争う百合と薔薇の香りをベースにしているのもあり、私の中で永遠の定番となっています。
他に、好きな香りが多いメーカーはキャロン。母がアンフィニを好んでいて、飾り気のない母らしいなと思っていたのですが、ヌイ ド ノエル、ナルシス ノワール、ノクターン、ベロージア、ミュゲ ド ボヌール、フルール ド ロカイユなどどれもイメージも香りも素敵なものばかりで、キャロンのページを見る度にわくわくしたものです。
幻の香りを追い求めたこともあります。好きな作家である高橋たか子の小説に出てきたウビガンの「時の香り」。
調べたのですが、ウビガンにそのような名前の香りは存在しません。もちろん有名なニナ・リッチの「レール デュ タン」でもありません。
仕方なく、ウビガンの別の香水、古城のイメージが魅惑的だった「シャンテリー」を専門店で購入してみましたが、これは濃厚すぎて頂けませんでした。元々ヨーロッパ人の体臭と混ざり合って香気を放つよう調香されたものですから、体臭のあまりない日本人には、強すぎる香りは合わないのです。
最近の香水は、爽やかで瑞々しい香りが多い気がしますが、持続性もあまりないのが玉に瑕です。パルファムよりオードパルファムやオードトワレが主流なのかも知れません。
よく使うのはメリーゴーランド。

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これは私が主に使っている香水ですが、相方も香りが好きで沢山持っていますので、拝借することも多く、毎日のように香りを着替えています。

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05

02

23:57
Tue
2017

No.085

熱海風雲ツアー・後編

翌日は朝食後、又しても卓球をやり、チェックアウト後ホテルの車で送って頂き、MOA美術館に向かいました。
事前に調べた情報としては、世界救世教の教祖・岡田茂吉氏の私設美術館である、という程度しか頭に入っていなかったのですが、実際行ってみて、その広大さに驚きました。
中には能楽堂や茶室、飲食施設も複数あり、様々な催しも行われているようです。
7基ものエスカレーターを乗り継ぎ昇ってゆく建物の天井は、万華鏡のように変化する色とりどりの模様が映し出され、とても幻想的。



昇り切ってムア広場に出ると、目の前に広がる相模灘。うららかな日差しに、しばし風に吹かれて景色を楽しみました。

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国宝や重要文化財が多数ある展示品の中でも興味深かったのは、岩佐又兵衛の作品「山中常盤物語絵巻」。
全巻15mに及ぶ色使い鮮やかでダイナミックな描写の絵巻は、迫力満点でした。
他にも仏像や陶磁器、絵画など膨大なコレクションを堪能。
ただ、有名な尾形光琳の「紅白梅図」は、見掛けなかったように思います。

一通り見終わってから、施設内の蕎麦屋さんでお蕎麦を、カフェレストランでお茶とデザートを頂き、バスで熱海駅に向かいました。
お土産物屋さんを覗いてから、新幹線で帰るという同行者の皆さんと別れ、相方を説き伏せて海岸へと向かいました。
廃墟を横目に階段を下り、お宮の松と貫一お宮の像を見物。

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辺りに生えている植物がどこかエキゾチックで魅惑的なので、一々立ち止まりつつ砂浜へ。

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砂浜に立ってどうしても思い出すのは、少し前に演技のワークショップで使用された「熱海殺人事件」の台本でした。

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海を満喫した後は来た道を引き返し、熱海駅前のレトロな商店街を通り抜け、ロマンチックな雰囲気の喫茶店でパフェを食べて、帰路に着きました。
次は同じメンバーで河口湖へ旅行予定。楽しみです♪

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04

30

18:24
Sun
2017

No.084

熱海風雲ツアー・前編

書きたいことは山のようにあるのに毎日が飛ぶように過ぎ去ってしまい、歯痒さしかありませんが、今月終わってしまう前に、4/2、3に行って来た熱海ツアーのレポートを。
きっかけは銀座オプティミストのまちさんの「今度風雲文庫に行きましょう」の一言でした。
ヒトラーの遺品やナチスの資料で埋め尽くされた私設博物館!
高校くらいからナチス関連に興味を抱き、書籍を読み漁っていた私には、これは行くしかないという場所でした。

ツアー参加メンバーは他にまちさんがお声がけ下さった声優の野村道子さん、お友達でお客様のブリ様、やっちゃんの計6名。
当日は熱海駅で待ち合わせ。風雲文庫に電話したら翌3日は臨時休業とのことでしたので、早速タクシーで風雲文庫に向かいました。

風雲文庫入口


運転手さんは30分位なら入口で待ちますよ、と仰って下さったのですが、絶対30分で見きれる筈がありません。
取り敢えず行って来ます、と、以前は鐘楼に吊るされていた鐘だの仏像だの、何故か白雪姫の継母や七人の小人の石像だのがあちこちに配された庭を通り抜け、聳え立つ五重塔へ。

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塔入口の手水鉢
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入口にはいきなり横山大観の「国破山河在」の書と共に、終戦時の宮城前広場の写真や戦闘服のマネキンが飾られており、階段にもぎっしりと戦時中の遺品が。
神社が設えられてあったり、千人針や戦時下の日用品、陶製の手榴弾、紙製の兜など、当時の苦境が偲ばれる数々の品々。三島由紀夫の演説写真や書などもありました。
最上階の「夢殿」にはハーケンクロイツを光背にした観音像や古事記や日本書紀などの書物、横には巨大な鉦が設置され、床几が置かれて参詣所のようになっています。
窓からは熱海の海が見渡せて、そのうららかな光景は塔内の重苦しさとは対比的でした。
塔を出て本館に向かい、絶景の広がるロビーで既に同行者の皆様は下の展示室を見終わって珈琲を飲んでいます。

本館入口
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ロビー中央にあるワルキューレのブロンズ像が素晴らしかったので撮影して良いか尋ねると、展示品は全て撮影不可とのことでした。
同行者には先に熱海城に向かって頂くことにして、急いで地下の「ヒーローの家」を見学に。
広くはないスペースですが、ここもガラスケースに展示品がぎっしり!ヒトラーが総督官邸で使用していた品々、描いた絵から、軍服やカーペットまで。
他にもナポレオンの印章や帽子、ワグナーのタクト、ビスマルクの使用していたベッド、吉田松陰の書簡、新撰組切込隊の甲冑、塔の入口にあったのと同じ大観の書や東山魁夷の絵、
そして武器系ではあからさまに実在が怪しいものまで・・・。

もっと見ていたい、と後ろ髪を引かれつつ、結局1時間は居たでしょうか。タクシーに戻り、熱海城へ。
以前、熱海旅行を計画した時、熱海城にビスクドール美術館があると知って行きたいと思っていたのですが、残念ながら今回調べてみたところ、閉館してしまっていたのです。
それで同行者と合流するも、結局熱海城には入らず。桜はまだ一部咲きくらいだったでしょうか。
花より団子ではないですが、お団子だけ食べて、宿泊先のザグランリゾートエレガンテ熱海へ向かいました。

お食事はほぼ全てのお料理に桜の花弁を象った食材が添えられ、とても美しかったです。
特に絶品だったのは、先付の桜豆腐。
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こちらは前菜盛り合せ
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食事の前後に、相方がやりたいというので遊戯室で卓球を。
中学の時卓球部だったのですが、最初は全然続かず。むきになってやっていたら段々楽しくなってきて、ラリーも10数回は続くようになりました。
その後は温泉にゆっくり浸かり、少し事務作業をしてから就寝しました。

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